中国と本質と瞑想と

ここのところ中国と日本の関係からいろいろと考えさせられています。


報道も中国メディアと日本メディアの差があるのはもちろんのこと
同じ日本のメディアでも視点が違えば表現も変わってくる。


その中でも私が肌感覚でそうだろうなと思うことは、
日本が中国人の不満のはけ口として使われているということ。


本来の問題は中国国内に散在しているのに怒りの矛先は中国政府ではなく
日本や日本人に向けられている。


不満が吐き出せるのであればそれで良い。


日本には戦争の残した傷をはじめネタになりうるものが沢山ある。
だからそれを突っついていれば、本来の問題と向き合わなくてもよい。


でもこれって、私たちの日常でも起きているように思います。


私もそう。
本来向き合わなくては行けないことから目をそらすために、
本を読んだり、ネットをみたり・・・


でも向き合わなくては行けないことは、姿形を変えて何度でも現れるのね。
だからいつかは必ず向き合う日が来る。


そのことを知って向き合わないか、知らずに向き合わないか。

同じ「向き合わない」ことでも大きな差になる。



中国の日系企業が壊されたり、人がけがをしたりと悲惨なことが起きている。
それは残念だけど、その起きている現象面ばかりをみていては本質がぶれる。



報道も現象面ばかりをクローズアップすとまた反日感情を煽ってしまう。



本質を見ること。
今のインターネット時代、よく使えば欲しい情報にアクセスできるけれど
現実逃避ツールでもある。


滋賀で田舎暮らしを始めたときに街に終わりがあってビックリしたことを
思い出しました。


突然家がなくなって、野原が始まったり山につながっていたり…


だって東京には街の終わりがなくって、
ずーっとつながっていた。


インターネットもそうだな、
ずーっとつながっている。


だからどこかで意識的に切らないといけない。


田舎は過ごしやすかったのは、そこには切り替えがあったから
だったのかな。


その切り替えを作るための方法 "Meditation".


ミャンマーで占星術師に見てもらったときもいわれました。


「きみは瞑想するともっと強くなれるよ」って。


その重要性をますます感じています。

IMG_0518_convert_20121007041051.jpg



スポンサーサイト

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。